東京都中野区に住もう

東京都中野区について

東京都中野区は、昭和7年(1932年)、中野町と野方町が東京市の市域拡張に伴い合併して誕生しました。23区の代表的なベッドタウンの一つである中野区についてお話します。

中野区の特徴

中野区自体に大きな川はなく、公園や緑地が少ない区であり、結果として人口密度が高くなっています。新宿の商業地区まで電車で約5分〜10分というアクセスの良さから、中野区内は大半が住宅地です。商業地区となっているのは主要な駅の近くのみだけですが、その地域さえ一歩裏道に入ると住宅街ということも多くあります。

中野区の地域

中野区は東京23区の中では西の方に位置し、東は新宿区、西は杉並区、南は中野区、北は練馬区に隣接し、15.59平方キロメートルと23区中14番目の広さです。西からのびる沼袋・野方・中野・幡ヶ谷・落合の5つの台地と、江古田川・妙正寺川・旧桃園川・善福寺川・神田川と5つの川によってなりたっています。中野区は南北に長い形をしていますが、南北方向の移動が難しい独特の交通事情のため、

と、同じ区内でも地域によってかなり文化に差が見られます。一番栄えているのはブロードウェイやサンプラザのある中野駅周辺と再開発の進んでいる中野坂上駅周辺です。中野ブロードウェイをはじめとする大型商業施設や中野サンモール商店街などがあるのは中野駅周辺です。丸井は中野駅前が創業の地であり、現在も本社があり、中野区にゆかりがあります。その他にも地域ごとに個人経営が中心の商店街が存在する街です。

中野区の区民活動センター

中野区に住むなら知っておきたいのが「区民活動センター」です。区民活動センターとは、「区」の行政機構の一部を分担し、住民異動届の受付や証明書の発行、福祉サービス等の受付、各種公金の収納などの窓口サービスを行うまさに「地域の区役所」的な場所です。区役所よりも空いているので、ぜひ活用してみましょう。以下の5ヵ所に設置されています。

中野の名の由来

そもそも「中野」の名前の由来には、様々な諸説があるようです。その中でも武蔵野の中心であることから「中野」となった、とする説が有力です。また、ほかには善福寺川と妙正寺川の中の郷の意でもあるという説もあります。

初めて記載された書物

初めて「中野」という名前が確認された書物は熊野那智大社の御師米良家の古文書群(米良文書)で、貞治元年(1362)『武蔵国願文』に初めてその名前を観ることが出来ます。次が応永二十七年(1420)の『江戸 氏庶流書立』に、「中野殿・阿佐谷殿」という文字があります。『求涼雑記』には「武蔵野の中なるゆゑ中野といふ。往古はこの武蔵野も上野・中野・末野といふあり。今上野・末野所在詳らかならず」とあります。

中野区の歴史 中野村から中野町へ

慶長のころ江戸幕府により郷を分解して中野諸村が起立、その諸村の一つが中野村。伝説代によれば天慶二年(939)に「中野の原」で平将門の弟将頼が討ち死にしたそうです。江古田原・沼袋の戦いで1447年(文明9年)4月14日、太田道灌が豊島泰経を破ります。中野村は、明治22年(1889年)に、中野・本郷・本郷新田・雑色の4ヶ村が統合された村で、野方村は、上・下沼袋、上・下鷺宮などを合わせました。同年には、甲武鉄道が開通して中野駅ができ、青梅街道沿いとは別の地域に町が形成され、人口も急増して、30年に中野村は町になりました。

江戸時代初期の中野

徳川幕府の開府に至り、江戸近隣の郷は整備され、中野郷は、中野・本郷・雑色・江古田・片山・上高田・新井・上沼袋・下沼袋・上鷺宮・下鷺宮の11村に分割されます。後に本郷から本郷新田が分村され12村となりました。他に江戸期中、大場、新橋の村名記録も残っています。その後、関東大震災によって人口の郊外への移動に拍車がかかり、震災の翌年、野方町が誕生しました。

明治初期の中野

中野区民より

明治中期の中野

昭和の中野

20世紀の大都市制度

北多摩郡千歳村と砧村が新市域の一つである世田谷区に編入されたのは昭和11年(1936)10月1日。20世紀に入り急激に進んだ都市化の結果、昭和7年(1932)10月1日、周辺5郡82町村を東京市に編入し、これを改編して新たに20区を設置し、それまでの15区と合わせて35区としました。いわゆる「大東京市」の成立ですが、20区を新市域、もとからの15区を旧市域と呼んで区別することもありました。それまでの東京府と東京市を廃し、東京府の範囲に東京都が設置されます。現在の東京都が、地方自治法の定めるところにより広域的な普通地方公共団体であるのと異なり、この時成立した東京都は、それまでの東京市と同じ基礎的自治団体でした。ただ、東京市が東京府と国(内務省)から二重に監督を受けてきたのに対して、新たに成立した東京都は、国(内務省)の直接監督を受けるようになったことと、執行機関である首長が公選ではなく、官吏が任命される都長官になったという点が特色です。

大都市制度問題

昭和22年の地方自治法施行までのわずか4年足らずの間とはいえ、東京都が基礎的自治団体であったために、三多摩・島嶼(とうしょ)地区の市町村が、法律上自治体としての性格を失い、都の下部組織であったということは、忘れてはならない歴史の一つといえます。なぜこのようなことになったのか。詳しい説明は省き、ここでは単に地方自治法施行以前、その実現をめぐって半世紀近くにわたってもめにもめた大都市制度問題の一応の到達点が、この東京都制であったというにとどめておきましょう。都制実施後も35区はそのまま都の下部組織として存続します。

中野区の交通

中心となる駅は中野駅。中野区には非常に多くの鉄道・バスが走っています。中野区内を走る鉄道は、大江戸線を除いて全部東西方向に走っています。その為、先述の地域間の違いを生み出しているともいえます。南北の移動手段はバスしかないのですが、区内の南北を結ぶ道路が片側一車線(一部二車線)の中野通りしか無い為、終日渋滞しています。

バス

関東バス
本社が区内東中野に、丸山営業所が区内江古田にある。ターミナルは中野駅北口。主な行き先は西武池袋線江古田駅、西武新宿線野方駅、JR線池袋駅、新宿駅など。
京王バス東
中野営業所が区内弥生町にある。ターミナルは中野駅南口。主な行き先は西武池袋線練馬駅、京王井の頭線永福町駅、JR線渋谷駅、新宿駅など。
都営バス
小滝橋自動車営業所が区内東中野にある。
国際興業バス
関東バスとの共同運行路線が乗入れ。
西武バス
青梅街道と山手通りを通る1路線が区内を経由。

東日本旅客鉄道(JR東日本)

JR中央線
中野区のど真ん中を横断しており、南北の境目である。中野区内の駅は中野駅と東中野駅。
西武新宿線
鷺ノ宮〜新井薬師前駅間が中野区内。沿線は学生街も多い。
東京メトロ丸ノ内線
青梅街道の真下を走っており、本線では中野坂上〜新中野、支線では中野坂上〜中野富士見町間が中野区内になる。中野坂上駅周辺を除いてそれほど栄えてはいない。
東京メトロ東西線
中野駅と落合駅(駅自体は新宿区、ただし中野駅よりの出口は中野区)が中野区内。
都営地下鉄大江戸線
東中野、中野坂上、新江古田駅が中野区内。区内を唯一南北に走る鉄道。

道路

中野区は東京23区で唯一、区内に国道が通っていません。

都道(放射道路)
東京都道8号千代田練馬田無線(目白通り)(旧称:十三間通り)
東京都道439号椎名町上石神井線(千川通り)
東京都道440号落合井草線(新青梅街道)
東京都道25号飯田橋石神井新座線(早稲田通り)(旧称:昭和通り)
東京都道433号神楽坂高円寺線(大久保通り)(旧称:宮園通り)
東京都道4号東京所沢線(青梅街道)
東京都道14号新宿国立線(方南通り)(旧称:弥生町通り)
都道(環状道路)
都心側から 東京都道317号環状六号線(山手通り)(旧称:環六通り)
東京都道420号鮫洲大山線(中野通り)
東京都道318号環状七号線(環七通り)
東京都道427号瀬田貫井線(中杉通り)

自転車

丸ノ内線新中野駅、西武新宿線新井薬師前駅・沼袋駅は中野駅から徒歩20分程度の位置にあるため、家賃の安い丸ノ内線や西武新宿線沿線に住みつつ、交通の便のよい(中央線・東西線が使える)中野駅から通勤・通学することも可能です。そのため、駅周辺は自転車が非常に多く停められていて、中野駅周辺は駐輪禁止となっているものの不法駐輪が後を絶ちません。そのため、中野区では強制撤去自転車の引き取り料を5000円と他区よりも高めに設定しています。大体、他の地域は3000円くらいが多いようです。中野駅のすぐそばに大型駐輪場があるため、自転車利用者は駐輪場の使用が推奨されています。1日100円、1ヶ月定期は月2100円と格安なので、罰金を取られるより駐輪場を使う方が賢いですね。

交通渋滞問題

中野区では各所で交通渋滞が問題視されています。交通渋滞以外にも、地平を走る複数の鉄道と交差していて、いわゆる「開かずの踏切」問題も存在しています。

中野区の中野通り
区内を南北に貫く形状であるものの、片側1車線の区間が多い上、幅員が15m程度と狭いため、交通渋滞が酷いといえます。道路そのものは計画幅員20mの都市計画道路ではあるものの、いつ改善されるのでしょうか。
交差点
蓮華寺下交差点(新青梅街道交点)から中野五差路交差点(大久保通り交点)までは概ね4車線(片側2車線)ですが、車線の幅が狭いほか駐停車の車両が多いため渋滞することも多いです。

対策

1999年9月頃までは新井交差点(早稲田通り交点)に右折専用レーンが無かったのですが、のちに一部の交差点の拡張は行われています。その他、中野駅北口周辺、中野五差路交差点、杉山公園交差点(青梅街道交点)など部分的な拡張事業が継続中です。交通渋滞のストレス無く走れる日が待ち遠しいですね。